誰よりも変わったのは社長自身。新規事業が生まれやすい企業文化を創った


代表取締役社長|山田 文彦さん

取締役常務執行役員|内山 隆史さん

食品包装部部長|三山 雄司さん

洗浄剤・包装開発プロジェクトグループ プロジェクトリーダー|西崎 嘉浩さん

(写真左から株式会社クレハトレーディング 西崎さん、山田さん、三山さん、株式会社ToBeings 橋本)

東証プライム上場の化学メーカー「株式会社クレハ」のグループ企業であり、設立から80年以上の歴史を築いてきた株式会社クレハトレーディング。同社はクレハグループを始めとする化学メーカーが手がけている製品を国内外へ販売する化学系商社だ。防虫剤や合成樹脂、農薬などの原材料となる「化学製品」を主軸に事業を展開している。

ToBeingsでは2020年12月より、同社が抱える組織課題の解決に伴走してきた。改めて、現在の状況やプロジェクト内容について伺った。

今ひとつチャレンジに踏み出せない真面目な社員たち

代表取締役社長の山田さんは2018年、株式会社クレハトレーディングに入社した。クレハトレーディングに抱いた最初の印象は、「社員同士の仲が良く、真面目だが、それゆえにやったことのない分野に挑戦するよりも予算達成の確度の高い既存取引拡大に力を入れることに向かいがち」というものだった。先輩社員から引き継いだ得意先や製品に対しては真面目に取り組む一方で、新規開拓や新規事業へのチャレンジは今一歩。一度失敗してしまうと、一生引きずりかねない──そうした風土を強く感じたという。

──危機感を覚えながらも、組織課題と向き合ったのですね。

山田さん:

そうですね。代表に就任する前は、親会社の株式会社クレハに長年勤めていましたが、2018年にメーカーであるクレハから、商社であるクレハトレーディングへ移ってきました。

自社製品を持たない商社は常に、新しい事業・新しい得意先・新しい商品開発を続けていかなければ、業績はじり貧になります。ところが、「新規、新規」のかけ声は上がるものの、ほとんど進んでいませんでした。 前任者から引き継いだお客様には丁寧に対応しますが、新規ビジネスは一向に進んでいない。赴任当初に100名の社員全員と面談をしましたが、社員から出てきた声は「新規をやらなきゃいけないとみんな思っているのになかなか出てこない」「失敗したら一生×(罰点)を引きずることになる」でした。また、「小さい会社の割に組織間の壁が高く、横の連携があまりない」との声も聞かれました。

自ら先頭に立ち、変革を進める社長。急な変化に戸惑う現場の社員

山田さんは試行錯誤をしながら、2年半にわたりさまざまな改革を進めてきた。社内制度を次々と見直し、組織課題の解決に着手していった。

──山田さんご自身が先頭に立って、組織課題に挑んだのですね。

山田さん:

そうです。思いつく人事施策は、いろいろとやりました。間違ったって良いんだから、とにかく進んでほしかった。チャレンジマインドを醸成したい気持ちでいっぱいでした。

実際、施策の中には失敗に終わったものもあるのですが、役員、部長連中が目指す姿を共有してベクトルを合わせてくれたのが大きいですね。

やり方が分からないなら、上司と部下が一緒に悩んで、チームで考えていけば良い。正解を与えることが上司の役割ではありません。上司の役割はメンバーと一緒に悩み、考えることだと発信しました。しかし人間は誰しも「会社には変わってほしいけど、自分達が変わるのには抵抗がある」ものです。例えば「新規開拓をやってみよう」となっても、どこか躊躇して最初の一歩が踏み出せない。だから社員によく、こんな話をしていました。

「フィギュアスケートの浅田真央選手のような天才だって、最初からトリプルアクセルができたわけじゃない。できるようになるまで、何度も失敗を重ねているんだ。それこそ何万回転んでも、挑戦をやめなかった。その失敗があったからこそ、できるようになったんだ」と。

要するに「お前ら、とにかくやれ。新規の商談を成功させるのに50回の失敗経験が必要なのだったら、とっとと50回失敗してこい」と話しました。ところが、人間は熱く語られたからといってすぐに一歩を踏み出せるほど単純ではありません。

ToBeingsの橋本さんとお会いした際にも、役員や部長に “トリプルアクセル”の例え話をしました。私が話し終えると、橋本さんが「トップでありながら、それだけ失敗を受け入れる覚悟があるのは本当に素晴らしいですね」と言ってくださり、少し理解してもらえた気がしました。ただ、続けて橋本さんが言ったことが衝撃でした。

「同時に今、山田さんがお話しする言葉や雰囲気を社員の気持ちになって聞いていて、気づいたことがありました。 “失敗して良い”とは、安心感を生む言葉のはずなんですが、全くそう聞こえなかったんです。むしろ、その身振り手振りや、顔の表情からして、『失敗して良いと言っているにも関わらず、そんな簡単なこともできないのか』という叱責感や、『チャレンジするほど、延々と厳しいダメ出しや評価を受けそう』という空気感を感じました。失礼かもしれませんが、今この瞬間に私が感じたことは、組織の皆が感じていることを明らかにするヒントになるかもしれないと思い、勇気を出して言ってみました」。

横を見ると、一緒に参加した役員も少し笑顔を見せながら、「確かに」「よく言葉にしてくれた」という表情をしているように見えました。私としては、確かに少しイライラしている自覚はありましたが、橋本さんから指摘を受けて、「自分の言葉が相手にどう受け止められているのか」にハッと気付かされました。同時に、いつも人事制度やメッセージを通じて、失敗を奨励しているのに「なぜ?」と思っていた理由が、瞬間的につかめた気がして、とても良い気づきになりましたし、こういうことを言ってくれるのはありがたいとお伝えしました。

自分自身の言葉、態度が周囲に及ぼす影響について改めて気づいた山田さん。その“瞬間”に組織で起こっていることの縮図を見た。

──では、取締役の内山さんの視点からは、どのように見えていたのですか?内山さんも2020年に株式会社クレハから移ってきています。化学メーカーの営業として長らく活躍され、化学系商社へ入社したのですね。

内山さん:

はい。2020年8月に株式会社クレハトレーディングに入社したのですが、山田さんが非常に精力的に変革を推し進めている一方で、当時は現場との距離が遠く、人事制度は見直したものの「現場の意識は変わっていない」という印象でした。

入社してすぐに、山田さんから組織改革について相談を受けました。「社内制度を変えていろいろやってみたけれど、今ひとつ浸透していかない」という話でした。喫煙室で1対1で話す時には、新しいアイデアを提案してくれる社員もいるのですが、会議の場ではなかなか自分の意見や考えが出てこない、なぜだろうと思っていました。

実際に山田さんの会議での話し方を見てみると、仕事に対して真剣に取り組んでいるからこそ、かなり語気が強く、表情も険しかったんです。 プロとしてしっかり結果を残してほしいと願う厳しさもあったと思います。ハートが熱いと言いますか、会社や社員の成長を願う気持ちが強い。そのため、現場社員に対するフィードバックにも自然と熱が入りますよね。そうなるといつもその場が“シーン”となってしまう。その繰り返しでした。 部下からすると、山田さんは社長です。上からズバッと本質を突いた質問をされるわけです。ずっと下のポジションである部下は、何も言えなくなってしまうんですね。成功体験がほとんどなかった若手社員はなおさら、否定されることが怖くて凍りついてしまう。私たちもうまく間に入ればよかったのですが、それもできず、そんな部下の様子を見ると山田さんもますます感情が入って、口調も強くなる。そんな場面が度々ありました。

──そうした状況にあった山田さんの変化を、内山さんはいつのタイミングで捉えていたのですか?

ある時、「失敗しても良いんだ」と熱く語っていて、場が“シーン”とした瞬間があったエピソードを耳にした時です。後ほど詳しく話に出てくると思いますが、水性洗浄剤「ジェイパル」の販路を拡大していくための新規事業立ち上げプロジェクトを進めていた頃に、あるプロジェクトメンバーから聞きました。

そのシーンとした瞬間に、橋本さんがレフリーのように「山田さんの失敗しても良いという言葉の寛大さは素晴らしいです。しかし部下の立場になって、言葉以外のトーンや雰囲気を受け止めると、“なぜ失敗すらできないんだ!”と言い寄られて、何も言えない気持ちになるかもしれません」とすかさずおっしゃった。

その時の山田さんは「ハッ」とした表情をして、すぐさま反省する言葉や表情になったそうです。他のメンバーもその様子を見て安心や頷きが生まれ、大事な変化が生まれた感じがしたと話してくれました。 その後に、落ち着いて「失敗しても良い」と言っている本当の意味が伝わってきて、とてもありがたいと思いましたし、腹落ちできると感じました。

「社員から見た現場の景色はまったく違っていました」と語る内山さん。山田さんの想いの熱さとは裏腹に、現場の戸惑う雰囲気を感じていた。

3つの異なる課題が「レイヤー構造」となって重なり合う

──ToBeingsとしては、クレハトレーディングが抱えていた組織課題をどのように捉えていたのでしょうか?

橋本:

山田さん、内山さんとお話をさせていただき、2つの事業部で、実際の新規事業の立ち上げや、新規事業が生まれやすいカルチャーを創る「(食品包装事業の)北極星プロジェクト」「ジェイパルプロジェクト」の2つのプロジェクトに伴走させていただくことになりました。

このプロジェクトは、参加している人ですらなかなか掴めないのですが、3つの異なる次元の課題がレイヤー(層)のように重なっています。そのレイヤーを行き来しながら、同時並行で解決していくような、とても複雑な構造になっていました。

1つは、水面の上に見える「新規事業そのもの」のレイヤーです。新規事業で具体的に何をするのかということを起案したり試行錯誤するレイヤーになります。組織開発では「コンテント」とも言います。

先ほどの2つのプロジェクトでは、それぞれ食品包装事業や、洗浄剤事業において、既存事業の枠組みを超えて新しいビジネスモデルを創り上げることがミッションでした。ToBeingsは、それに対し新しいビジネスモデルの具体的なアイデアや、アイデアを生み出す視点の提供、さらに問いかけを通して深めていく役割も担いました。一般的な新規事業のコンサルティングであれば、このレイヤーが主業務になりますが、「答えを出し、手を動かす」レイヤーであるためToBeingsはここの支援はなるべく副次的な支援に限定していました。

2つ目は水面下にある見えない氷山の部分で、「新規事業を立ち上げるステップ、マインド、スキルのレイヤー」です。戦略や事業開発をやっている人はプロセスと言った方が良いかもしれませんが、後述の言葉と区分するために、ここではケイパビリティと呼びましょう。一般的に伝わる具体例で言うならば、「デザイン思考」や「リーンスタートアップ」、「ビジネスモデルキャンバス」のような新規事業を生み出すためのマインドやステップ、ツール、スキルのことです。人材育成や実行支援系のコンサルティングであれば、このレイヤーが主業務になります。成果を生む基盤となる能力を育てる部分ですので、ToBeingsは一定の支援を行いますが、メインエリアではありません。

3つ目は、水面下の氷山の一番底で、最も捉えにくいレイヤーです。組織開発の文脈では「プロセス」と表現します。具体的には、チームや組織の目に見えない関係性、“やったもん負け”で足が止まるパターンや雰囲気、“発言や失敗への恐れ”などの感情、成功体験から抜け出せない言動、“他責”の風土・文化など、目に見えにくくも、かなり影響力が大きいレイヤーです。ここがToBeingsが最も注力する支援領域です。

私たちの経験上、多くの企業が1つ目や2つ目のレイヤーに意識を傾けていますが、実際に新規事業が生まれない主要因は、この3つ目のレイヤーであるケースが圧倒的に多いと感じています。ただ、このレイヤーは、目に見えないが故に、意思決定者からはリアルな現状が捉えにくいですし(例:上が思う以上に下は恐れが強い)、見立てや扱い方がズレている(例:本人の意志の強さの問題だと矮小化し、研修で学ばせれば良いとしてしまう)ことがあっても、本音も共通認識も得られにくいので、取り扱いの難易度が圧倒的に高いレイヤーでもあります。

先ほどの、山田さんの発言に対してその場がシーンと静まり返った瞬間も、その時点では何が起こっているかは分からないのですが、「プロセス」のレイヤーの課題と言えます。 このプロジェクトの難しいところ─正確には現実のビジネスの難しいところ─は、この3つのレイヤーを縦横無尽に行ったり来たりしなければならないところです。

例えば、何かがうまくいかない時は、それぞれのレイヤーでうまくいっておらず、かつそれぞれが関連し合っています。しかしそもそも相当訓練を受けている人でない限りは、それらを区分することは難しいのです。したがって、皆で今どのレイヤーの問題を扱っているのか、皆で目線を合わせていくことすらままなりません。このプロジェクトは、そのような意味でも、クライアントにとっても、コンサルタントにとっても難しいプロジェクトであったと言えると思います。

ToBeingsからは橋本とともに折口(写真右上の女性)も参加。コンサルタントとして、プロジェクトに伴走しました。

─「北極星プロジェクト」は、具体的にはどのようなものだったのですか?

橋本:

最初に取り組んだ「北極星プロジェクト」は、食品包装事業部が新たに目指すビジネスモデルの方向性を「北極星」と位置付け、新規案件に落とし込みながら具体化することを目指してスタートしました。

まずは10名のメンバーへのインタビューを実施しました。そして普段のミーティングに参加し、会議の進め方だけではなく、皆の表情・発言内容、人間関係なども観察して現状を把握し、プロジェクト全体の進め方をデザインしました。 そこから各メンバーはそれぞれの思いや事情がありながらも、さまざまな要因で、各人のスキルや熱意を十二分に発揮しきれていない現状が浮かび上がってきました。各人は営業の経験に濃淡はありますが、新たなビジネスモデルの構築の経験には乏しく、さらにマネジメントやコミュニケーションのあり方も数字を追う営業会議のあり方が染み付いていて、新しいチャレンジを避けてしまっていました。そこから新たな気づきや発想を生むよりは、既存の数字を追いかけてしまうような、相互作用が出来上がっていました。

一般的には、そのような現状を、レイヤー2の新規事業の定石やアイデアを出すスキルが足りないからだと診断し、それらをインストールする施策を打ってしまうことが多いです。ところが実際には、レイヤー3のマネジメントスタイルやチームの雰囲気で萎縮してしまったり、メンバーの学びや成長が止まったりしている姿が見えてきました。それが故に、研修やOJ Tでレイヤー2のケイパビリティを上げても変化は起きず、当然レイヤー1の事業の成果も生まれてこない状況のようでした。

従って、このプロジェクトでは、イベント型の研修や合宿にならないよう、レイヤー1の新規事業を立ち上げる日常の営業会議に、ファシリテーターとして伴走することを主軸にしました。ただし、ToBeingsが最も注力したのはレイヤー3の「プロセスの変容」でした。レイヤー3を中心テーマに据え、各メンバーの関係性、チームの雰囲気、コミュニケーションなどが、対話を通して自然に変化するような支援を行いました。

同時に、レイヤー2のケイパビリティに関しては、シリコンバレー型の“リーンスタートアップ”の手法も参考にしました。お客様の潜在的な課題を主軸に、具体的な案件で、小さなトライアルアンドエラーを重ねて事業を立ち上げていく進め方をチームに取り入れ、レイヤー2の新規事業開発を進めていきました。 まさに3つの課題のレイヤーを行き来しながら、伴走したプロジェクトでした。

──食品包装部で営業部長として活躍されている三山さんですが、「北極星プロジェクト」を通じて何か気がついたことはありましたか?

三山さん:

新規事業に対する熱い想いがあるのはありがたいのですが、絶対的な決定権を持っている山田さんが発言すると、どうしても正解を与えられた感じになりその場の空気が“ピリッ”としてしまいます。そのため、積極的に意見が出なかったり、出す意味を見出せなかったりするんです。もちろん、言葉では「自分も分からない」と言ってくれますけどね。

ところがプロジェクトを進めていくうちに、私自身も「相手に強い口調で詰め寄って、正解を押し付けている自分がいる」と気づいた瞬間がありました。自分がそんなふうにされたら嫌だと思っているにもかかわらず、思いがあるほどそうなってしまっていました。

頭では十分、分かっていたことを、無意識に相手にやってしまっていることに気づくには、率直に指摘してもらわないと難しいかもしれません。ToBeingsのコンサルタントのお二人が会議に実際に入り、「ちょっと止めて良いですか?今の発言なのですが…」とフィードバックしていただいて、ふと気づいたくらいですから。何度かそうしたやり取りを経て意識できるようになり、私自身も「しっかり話を聞こう」と思えるようになってようやく、周囲とのコミュニケーションが少しずつ変わってきたような気がしています。

──内山さんから見ても「三山さんの変化」は感じられましたか?

内山さん:

三山は長年、食品包装事業に携わってきており、成功と失敗と何度も経験しているからか自信があるタイプなので、「仕事に対しては山田社長よりも分かっている」と思っていたんでしょうね。新規事業について「こういうアイデアがある」と説明し出すと止まらなくなっていました。その熱量には、山田さん自身もついていけなくなるぐらい真剣なんです。ある意味、山田さんと似た「熱い気持ち」を持っていたので、山田さんとやり取りをする際は、問題なくやれていました。

だからなのか、意見を求められて黙ってしまう社員にはつい「どうしてそれを考えていないのか?」と強い口調で迫ってしまうこともありました。下の者からすると、ある意味山田さんと同じ雰囲気ですよ。 そんな三山でしたが、最近は「本当に話を聞いてくれるようになった」と周囲から言われています。「なかなか営業数字が上がらない」といった相談にも、頭ごなしに否定せず「成果が出ない背景に何があるのだろう」とじっくり対話した上で、助言しています。この目線の変化には私も驚いています。

──ToBeingsとしては「山田さんや三山さんの変化」をどう見ましたか?

橋本:

私が驚いたのは、山田さんや三山さんのような上の人が、強い口調で迫るから皆黙ってしまうのだということを、上の人がオープンに、かつ先に認める寛大さです。なぜなら、上の立場からすれば、「言われた通りにやりました」「でもうまくいきません」などは他責や諦めで、自分の頭で当事者意識をもっていないあり方に見えるため、強い口調になる側面があるからです。下からすると、そういうあり方になるのは、上から落ちてくる正解や否定がそうさせているという、お互いに「相手がこうだから」というループ構造なのですが。

しかし、山田さんが、自らそれを認めるようになると同時に、少しずつですが、山田さんにそのスイッチを入れているのは、自分達がそういう他責や諦め、当事者意識のないあり方をするからだと、自分を起点とする相互作用に目が向き始めたことが、素晴らしいなと思いました。「北極星プロジェクト」だけでなく「ジェイパルプロジェクト」でも、少しずつですが、そういう自覚が生まれてきたことが、変化を加速させたのだと思います。

若手社員からは「話を聞いてもらえるので、すごく安心」との声が上がる。以前にも増してメンバーの様子を気にかけるようになった三山さん。

──「ジェイパルプロジェクト」は、どのようなものだったのでしょうか?

橋本:

「北極星プロジェクト」を進めていくうちに、山田さんから「実はもう一つ、気になっているチームがある」とご相談をいただきました。それが、水性洗浄剤「ジェイパル」の販売を担当していたチームでした。 今まではBtoB向けに販路を広げていたチームでしたが、思うように結果が出せずにいました。そこで販売先や用途すらゼロベースで再検討し、個人向け商品への転換などまでも視野に入れた、事業モデルの再構築を行なうことになりました。

──ジェイパルプロジェクトで新たに立ち上げた「新規事業開発チーム」について、教えてください。

山田さん:

水性洗浄剤「ジェイパル」の、新たな販路開拓をミッションとして立ち上げた組織です。

「ジェイパル」は、火力発電所に使用されている配管を洗浄するために開発された薬品。もともとは株式会社ジェイペック(電源開発株式会社グループで、現在のJ-POWERジェネレーションサービス株式会社)が開発したもので、当社は代理店として販売していました。発電所だけでなく、自動車メーカーや鉄道会社でも使われており、地球環境に優しい洗浄剤として注目されていたんです。しかし今まで、ほとんど市場拡大をしてきませんでした。 商社としては、新事業にも注力したい。でも既存の製品の販売対応に追われて、なかなか進めることができない。担当者もおかずに皆ほかの製品も担当しながらの営業活動だったのが良くないと考えて、2021年に専任組織を立ち上げました。

──チームメンバーである西崎さんは、当時どのような心境だったのでしょうか?

西崎さん:

私はこの部の責任者でしたが、メンバーは元上司や執行役員の経験者。平均年齢は50代〜60代のベテラン勢です。そしてプロジェクト組織のトップは山田社長が兼任。「責任者とは言え、周りは全員年上で、メンバーは元上司で指示も出しにくい。まさに部活の先輩と後輩の関係。新規事業自体が初めてで、どうやって進めていけば良いのだろう」と悩んでいました。それに加え、上司に当たる山田さんは今とは全く違っていてとても厳しかったんです。「何度言ったら分かるんだ」と指摘されて、体が緊張で固まってしまうこともありました。 また、顧客へのアプローチをしても「今は必要ないですね〜」と顧客側の担当者から直接言われてしまうと、そこで商談の進捗も止まってしまって…八方塞がりの状態でした。

──思うように商談が進まない状況をみて、山田さんが直接、チームにテコ入れをしていったのですね。

山田さん:

そうなんです。チームが前に進まないので余計に「商談のアポ設定から提案状況まで含めて、しっかり知っておきたい」と強く思い、細かく口を出してしまっていました。かなりうるさかったと思います。

ある日、なかなかプロジェクトが前に進まないイライラが表情に出ていたようで、ToBeings橋本さんに、「山田さんのその顔、今すぐ鏡で見てください」と指摘されました。そこで初めて気づきました。こんな険しい表情をしていたら、いくら「失敗しても良いんだぞ」と言われても萎縮します。ショックでした。本当は腹を割って話せるようになりたかったし、何よりもこのチームのことが好きでしたから。だからこそ、なんとかしたいと願う気持ちが大きくなっていきました。 それなのに、つい声を荒げてしまったり、目つきが怖くなってしまったり…チームが変わるためには、僕が率先して変わらないといけない。そう思いました。だから自分もちゃんと思いを伝える一方で、橋本さんには、もっとストレートに指摘してもらうようにお願いし、皆が「それは嫌だな」と思っていることを言語化してもらおうと考えました。

──「ジェイパルプロジェクト」の中で、西崎さんが特に印象に残っていることはありますか?

西崎さん:

印象に残っているのが、ワークショップで行った「メンバーの想いを共有する」というワークです。それぞれが抱えている仕事への想いを付箋に書いて、大きな模造紙に貼っていくのですが、改めてメンバーに対する理解が広がりました。普段はそれほど深い話もできていなかったのですが、付箋に書かれた熱い想いを目にして心が動かされましたね。

今までは一方的に「山田社長はタフできつい」と思っていました。でも山田さんには、つい熱量が高まってしまうほどの強い気持ちがあったと初めて分かったんです。このワークショップがきっかけとなって、山田さんに対する私の印象は大きく変わりました。

さらに、橋本さんからの指摘がきっかけとなって少しずつ山田さんの表情も変わっていきました。 今までは事前にアポイントを取らないと報告・相談はできないと思って、ガードをあげていましたが、自分の見え方が変わると不思議ですね。ストレートに話ができるようになるんです。山田さんも打ち合わせにも気軽に応じてくれるようになり、声がかけやすくなりました。そして「山田さんが力になってくれている」と思えるようになっていました。

──橋本からの率直な指摘を、山田さんはどのように受け止めたのですか?

山田さん:

ある意味、新鮮でした。自分のマイナスポイントを指摘されること自体は、嫌いではなかったです。自分では気づかないところを、教えてもらうわけですから、むしろありがたいと思っていました。 そういう気づきが蓄積されて、言葉と表情があまりにも違っているとやっと意識できるようになりました。そうなると「気をつけないと」と思いますから、周囲との関係性も少しずつ変わっていきましたね。内山から「西崎、楽しそうに仕事していますよ」と言われるようになった時には、本当に良かったなと思いました。

少しずつ目に見えてきた「人と組織の変化」

──内山さんは少し客観的な立場で、プロジェクトを見守っていたのですね。

内山さん:

山田さんはハートが熱い人なので、つい力が入ってしまいがちです。さらにアイデアマンでもありますから、「業務用のニーズが見込めないのであれば、家庭用向けの商品開発はどうか?」など、いろんな可能性を考えるタイプです。メーカー出身の山田さんはゼロから商品開発に取り組むマインドセットができていたのですが、クレハトレーディングは長年、商社のビジネスモデルを中心に成長してきています。ゼロから生み出す経験がなかったメンバーにとっては、どうやって新規事業を形にしていけば良いかもピンときていなかったのでしょう。

そうした中でToBeingsの伴走が入り、本格的な新規事業開発の進め方についてもアドバイスをいただきました。そして山田さんにも、はっきりと組織のコミュニケーション課題について伝えてくれたと思っています。

──西崎さんはこうした組織の変化の兆しを、どのように感じていましたか?

西崎さん:

山田さんのマネジメントスタイルが少しずつ変わったのもそうですが、山田さんに対する私自身の気持ちも変わりました。自分でもポジティブに接することができるようになった気がします。それは「感情」をきちんと扱ったことで、関係性が変わっていったからだと思っています。緊張して接していた山田さんの、仕事に対する本心が分かったのは大きかったです。橋本さんからは「プロジェクトを成功させるには、先輩も後輩も関係ないです」と言っていただき、いびつな上下関係を超えて話し合うことを助けていただきました。

そうしてチームとしての土台ができ、「あとは組織としてどう進めば良いかを皆で一緒に考えていくだけだ」と感じていたタイミングで『ビジネスモデルキャンバス』というツールを紹介いただき、ビジネスモデルを1枚の絵にまとめて皆で話し合うようになりました。そうすると関係性も知識も進め方もバラバラだったチームが、チームとしての目線も合い、新規事業開発の進め方の目線も合ってきました。結果として、誰が何を優先して動けば良いのかの共通認識を持てるようになりました。 それぞれのメンバーから「ここは俺がやるよ」「アポを取って訪問をしてみよう」とか、段々とイキイキした行動に結びついていくようにもなり、嬉しかったです。全員にとっての「共通言語」ができたので、今でも引き続きアクティブに仕事に取り組めていますし、成果も出てきています。

洗浄剤・包装開発プロジェクトグループでプロジェクトリーダーを務めている西崎さん。(写真右)

水面下のレイヤーにある課題を扱ったことで組織が進化した

──プロジェクトを振り返ってみて、いかがでしたでしょうか?

山田さん:

自分自身のマネジメントスタイルが、周囲にどのような影響を与えていたのか。それがはっきりと自覚できました。各チームの変化も感じています。今までのやり方に戻ることもなく、しっかり進んでいってくれています。ただ、本当にビジネスとしての成果が出てくるのはこれからです。

西崎も自分の気持ちを出してくるようになりましたよね。厳しく指摘しても、めげずに何度も社長室に来てくれた。そういう彼の強みにも気づきました。

西崎さん:

そうですね。「社長には言いづらいな」と思っていたはずなのに、いつの間にか壁がなくなりました。今では社長よりも、「山田さんはマネージャー」という感覚が強いです。プロジェクトを通じて「どういう気持ちで仕事に向き合っているのか」という感情の部分を扱い、一緒に仕事を進めている意識が芽生えてきたことが影響しているかもしれません。

さらに、今までは「商品を売り込もう」という意識が強すぎました。ワークショップでは真の顧客起点で考える方法や、ビジネスモデルの検証方法についても学び、営業としての経験値も高めることができました。

新規事業というと、案件そのものや数字に目がいってしまいますが、事業開発の定石やスキル(ケイパビリティ)はもちろん、その奥にある関係性やパターン(プロセス)までもが変わる支援をしてもらいました。1年前と比べると、今は仕事の楽しさが格段に違います。充実感でいっぱいです。

内山さん: 会社の中でいろいろと議論をしても、最終的には強い者の意見に流される。そういう結論になりがちですが、ToBeingsのような第三者が入ってくれると、全員がフェアな立場で意見が言えるんだと実感しました。情報共有も活発になり、そうしたコミュニケーションスタイルが周りに波及していくと、自然に何でも話せるようになるんですね。それが今のクレハトレーテディングにとって、非常にプラスに働いていると思います。今までになかった、新しいカルチャーが生まれたように感じています。

このプロジェクトは、日本の未来の縮図でもある

──最後にToBeingsとして伴走し、何を感じたのかについてお聞かせください。

橋本:

少し別の視点ですが、『ジェイパルプロジェクト』の組織編成も、非常に興味深いと思っていました。チームメンバーのうち、リーダーが50代半ばで最も若く、社長はもちろん、それ以外のメンバーも役職定年や再雇用で50代後半から60代という構成。メンバーも全員元上司か大先輩だったので、西崎さんはリーダーの立場で、そうしたチームメンバーを率いていくのは、非常に進めにくかったはずです。

このプロジェクトが始まる時、実はここに日本の未来の縮図が一部現れるかもしれないと思いながら関わっていました。つまり、若手よりシニアの人数が多く、かつそのシニアが皆メンバーとして働いており、上下は逆転している。外部環境に目を向ければ、過去の延長線上では解けないビジネス課題に囲まれている。そういうあらゆる知恵を結集したイノベーションが必要な状況でありながら、内部に目を向けると、固定化された上下関係や忖度の構造、過去のやり方に対する成功体験(と未知への恐れ)、その成功体験を上位下達で浸透させるのに最適化された組織スタイル・・・それらががんじがらめになり、どこを動かしても変わるイメージが湧かない構造になっています。

今後日本のあらゆるところ、あらゆる企業でこのような課題にぶつかると考えた時、大袈裟に聞こえるかもしれませんが、このプロジェクトはこれからの日本の未来の課題の縮図でもあるし、変化のヒントの縮図にもなると思って取り組んでいました。

このような状況では、上が(下が)変わらないからと足が止まってしまったり、下を(上を)無理やり変えようとして、本質が変化しないことが殆どです。そのような難しさに対し、皆で留まり、それぞれの常識やスタイルを手放しながら、皆が当事者になって、少しずつ新しいスタイルを試行錯誤していったというだけで驚異的ですよね。

世間に目を向ければ、今、流行りの「リスキリング」は、レイヤー2のケイパビリティと個人のスキル習得にのみ焦点が当たっていますが、実際には関係性や双方のマインドセットの変容まで至らなければ変化にはつながりません。シニア世代の活躍というテーマも、この課題を「シニアの課題」と片側だけ見ている時点で、変化にはつながりにくいでしょう。本当は複雑で相互作用によって起こっている課題を、矮小化したり、一方の側だけ解決しようとすることに無理があるのです。

もちろん、このプロジェクトは、出だしが少し上手くいっただけで、今後も大きな壁にたくさんぶつかるとは思います。ただ、その動かぬ岩が、一人ひとりの内省と変容によって動き出し、皆が当事者になって試行錯誤し始めただけでも、本当に素晴らしい。この課題に日本中が苦しんでいることを踏まえれば、稀有な一歩を踏み出したと思います。 そんな一歩を踏み出した皆さんが素晴らしいなと思うと共に、そのようなプロジェクトに伴走させていただき、とても光栄でした。改めてありがとうございます。